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家計の値上げ許容度は高まっているのか?

─ 「値上げ許容度DI」は低下。家計の節約志向は上昇 ─

2022年6月10日

調査部経済調査チーム 上席主任エコノミスト 酒井才介
同        エコノミスト 中信達彦
 同                南陸斗
saisuke.sakai@mizuho-rt.co.jp

家計の値上げ許容度は高まっているのか?

6月6日の講演で日本銀行の黒田総裁は、「企業の価格設定スタンスが積極化している中で、日本の家計の値上げ許容度も高まってきている」「持続的な物価上昇の実現を目指す観点からは、重要な変化と捉えることができる」「強制貯蓄の存在等により、日本の家計が値上げを受け容れている」との説明を行った(その後、世間の批判を受け、黒田総裁は「適切ではなかった」として発言を撤回した)。

仮に家計の「値上げ許容度」が高まっているのであれば、黒田総裁が説明しているように、企業が値上げを行いやすくなる(その結果として賃上げの余力が維持される)という点で先行きの物価・賃金動向に影響を与える可能性がある。本稿では、「家計の値上げ許容度が高まっているのか」という点について各種データに基づいて考察したい。

黒田総裁の説明で引用されている東京大学の渡辺努教授のアンケート調査では、「いつもスーパーで買っている商品の値段が10%上がったとします。あなたならどうしますか?」という設問に対して、「何も変わらない。それまでと同じように、その店でその商品を同じ量、買い続ける」と回答した割合が2021年8月調査では43%だったところ、2022年4月調査では56%に上昇し、欧米と同じく過半を占めるとの結果が示されている(図表1)。

図表1 値上げに関するアンケート(5カ国の家計を対象)

(注) 設問「いつもスーパーで買っている商品の値段が10%上がったとします。あなたならどうしますか?」に対する回答の割合
(出所) 渡辺努「5か国の家計を対象としたインフレ予想調査」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

この調査結果は、(黒田総裁が説明したように強制貯蓄の存在等により)家計の値上げ耐性が高まったことを示唆するように見える。

確かに、ウクライナ情勢の緊迫化や円安を受けた輸入物価の高騰は個々の企業の経営努力で吸収するには限界があり、小売価格の引き上げについて「致し方ない」と受け止めて、馴染みの店でこれまでと同様の消費行動を行う消費者も多いのかもしれない。しかし、これは家計が値上を「許容している(受け入れている)」というよりは「許容させられている(受け入れさせられている)」というのが実情に近い可能性が高い。

実際、同じ設問で「その商品をその店で買い続ける。ただし、買う量を減らしたり、買う頻度を落としたりして節約する」について「よく当てはまる」と回答した割合は6割強となっており、過去3年で最も高い値になっている。ここからは、家計の節約志向が高まっている様子がうかがえる。そのほか、同アンケート調査では自らの賃金の向こう1年間の見通しについて、欧米では「上昇する」「やや上昇する」との回答が多いのに対して、日本の家計は「変わらない」との回答が過半であるとの結果が得られており、この点からも(欧米並みに)家計の値上げ許容度が高まっているとの解釈は困難であるように思われる。

足元でも、顧客を取り込むためプライベートブランド(PB)が食料品や日用品の価格を据え置く動きがみられる。値上げによる需要減少のデメリットが、仕入価格上昇による交易条件の悪化というデメリットを上回ると判断しているということであり、こうした企業行動を踏まえても、家計の値上げ許容度は高まっているとは言い難いだろう。

家計の「値上げ許容度DI」は足元で低下。節約志向の高まりを示唆

家計の「値上げ許容度」を定量的に示すことは困難であるが、日本銀行のワーキングペーパー(高橋・玉生(2022))を参考にして、日本銀行「生活意識に関するアンケート調査」を用いて家計の「値上げ許容度DI」を算出したものが図表2だ。

図表2 家計の値上げに対する許容度(DI)

(注)値上げが「どちらかと言えば、好ましいことだ」と回答した割合から「どちらかと言えば、困ったことだ」と回答した割合を差し引いてDIを算出し、サンプル期間の平均からの乖離を図示(2004年6月から2022年3月)
(出所) 日本銀行「生活意識に関するアンケート調査」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

具体的には、値上げが「どちらかと言えば、好ましいことだ」と回答した割合から「どちらかと言えば、困ったことだ」と回答した割合を差し引いてDIを算出し、サンプル期間の平均からの乖離を図示している。2022年3月調査までのデータを用いているが、足元(商品市況高騰が本格化した2021年度後半)ではDIが低下しており、このDIからはむしろ家計の値上げ許容度が低下していることが示唆される。株式会社ナウキャスト「日経CPI Now」で飲食料品等の日用品を対象とした日次物価指数をみると(図表3)、4月以降も上昇傾向が続いており、購入頻度の高い日用品の値上げは家計の体感物価を高めやすいことを踏まえると、DIは4月以降(「生活意識に関するアンケート調査」でいう6月調査以降)も低下傾向で推移する可能性が高いだろう。

図表3 日次物価指数 (前年比、7日間移動平均)

(出所)株式会社ナウキャスト「日経CPI Now」により、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

実際、5月の景気ウォッチャー調査をみると、「価格への意識も高くなり、節約志向は強くなっている」(スーパー)、「物価上昇に給料が追いついていないため、買い控えが発生している」(一般小売店)、「新型コロナウイルス新規感染者数は減少傾向にあるが、消費者の節約意識が高く消費意欲の改善につながっていない」(スーパー)などのコメントがみられる。家計関連で物価高・節約に関する単語(「物価上昇」「物価高」「節約」「買い控え」など)を含み、且つ景気判断を「悪い」又は「やや悪い」としたコメントの数を抽出したものが図表4だ。

図表4 消費者の節約志向を懸念する現状判断コメントの推移

(注) 「コメント割合」は家計動向関連の「景気の現状判断」について「悪くなる」、「やや悪くなる」と回答したコメントのうち、節約志向を示す語(「節約」「買い控え」「物価上昇」「物価高」など)が出現した数を合計し、 「悪くなる」、「やや悪くなる」のコメント総数で割ったもの
(出所) 内閣府景気ウォッチャー調査」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

該当するコメント数は2022年に入って増加傾向で推移しており、物価高を受けた節約志向の高まりへの懸念が示唆される。家計関連で景気判断を「悪い」又は「やや悪い」としたコメント数に対する割合でみても上昇傾向であり、物価高を受けた節約志向の高まりによる消費への影響が徐々に大きくなりつつあることがわかる。

超過貯蓄が積みあがる中でも消費は低迷。コロナ感染拡大影響のほか物価高が下押し

足元の個人消費の回復ペースは鈍い。1~3月期はオミクロン株の感染拡大(感染第6波)を受けて低迷し、4月以降も緩やかな回復にとどまっている。4月の消費活動指数(旅行収支調整済の実質・季節調整値)はコロナ禍前(2019年平均)対比で▲4.8%低い水準にとどまっている。全国的に感染者数が減少するなどコロナ禍の影響は徐々に収束しつつあるものの、高齢者等を中心に消費行動には慎重姿勢が残っているとみられることに加え、物価高を受けた実質所得の減少、消費マインドの悪化(節約志向の高まり)が下押し要因になっているということだろう。

酒井・南(2022a)と同様の手法で4月までのCPI・家計調査のデータを用いて品目別に「節約志向指数」を算出したものが図表5だ。

図表5 品目別の節約志向指数

(注)資源価格高騰が本格化した2021年度後半以降、2022年4月までの平均値。節約志向指数165品目のうち、CPIの前年比変動率がプラス圏である100品目を順位付けした
(出所)総務省「家計調査」「消費者物価指数」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

節約志向指数は、品目別にCPIの物価上昇率から家計調査の支出平均単価上昇率を差し引いた値であり、家計の節約志向が強まってより安い商品をより多く購入するようになれば、CPIよりも支出の平均単価の伸びが下振れするため、節約志向指数は高い値となる。ここでは、CPIと家計調査の共通品目(165品目)のうちCPIの前年比変動率がプラス圏にある品目(100品目)について節約志向指数を計算し、上位・下位15品目をランキング化している(商品市況高騰が本格化した2021年度後半以降の期間平均を算出した)。これをみると、外出機会の増加に伴い服飾関係品目などではより付加価値が高い商品を求める動きが出てきている可能性が示唆される一方、飲食料品などで家計がより割安な商品を購入しようというインセンティブが高まっている様子がうかがえる。ウクライナ情勢緊迫化を受けて小麦関連商品(小麦粉、パスタなど)などは今後も価格上昇が見込まれ1、節約行動は当面続くとみられる。

ウクライナ情勢を巡る不透明感は依然として強く、経済制裁の強化等に伴う供給不安から原油天然ガス、小麦等を中心に価格の高止まりが続く可能性は否定できない。OPECプラスは7月からの増産幅拡大を決定したものの、ロシア産原油の代替には力不足であり、足元の原油価格(WTI)は3カ月ぶりに1バレル=120ドル台に上昇した。さらに、米国の経済指標の堅調な推移を受け、金融引き締めが積極的に行われるとの見方から米国の長期金利が3%台まで上昇したことで円安圧力が高まり、ドル円相場は1ドル=134円台まで円安が進展した。家計が許容しようがしまいが、仕入価格の高騰を受けて値上げに踏み切らざるを得なくなる企業は増えていくだろう。

積み上がった超過貯蓄(コロナ禍前(2019年)対比でみた家計貯蓄の増分として定義すると、2021年10~12月期で約50兆円、図表6)が消費の原資となる2ほか、感染懸念が徐々に収束する3ことで対人接触型サービス(外食、宿泊、旅行・交通、娯楽等)を中心に個人消費は回復に向かう見通しだが、当面は物価高とそれに伴う節約志向の高まりが個人消費の回復ペースを鈍らせることが避けられないだろう。

図表6 家計の超過貯蓄

(注)貯蓄の対2019年同期差を累積
(出所)内閣府より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

なお、物価高の影響を和らげることが期待される超過貯蓄については、家計で貯蓄の形成状況にバラつきがある点に留意する必要がある。嶋中(2021)が指摘しているように超過貯蓄の大半は消費性向の低い高所得者層が形成しており、そういった意味では「値上げ許容度」は相対的に低所得者層がより低くなると考えられる。また、南(2022)が指摘しているように低所得者層は日用品に対する支出ウェイトが高く、食料品等の日用品の値上げの影響が大きい4という点でも低所得者層の「値上げ許容度」はより低くなるだろう。このように「値上げ許容度」は家計の属性によって異質性があり、結果として、物価高が消費に与える影響度も家計の貯蓄の形成状況等によって差が生じると考えられるが、そうした家計の属性別にみた考察は今後の課題としたい。

[参考文献]

酒井才介・南陸斗(2022a)「CPI前年比+2%超えの裏に隠れた課題~家計の「節約志向指数」は上昇、価格転嫁は不十分」、みずほリサーチ&テクノロジーズ『Mizuho RT EXPRESS』、2022年5月20日
酒井才介・南陸斗(2022b)「政府の「総合緊急対策」の評価~資源高・円安を受けた物価高による家計負担増を緩和」、みずほリサーチ&テクノロジーズ『Mizuho RT EXPRESS』、2022年4月27日
嶋中由理子(2021)「高所得者消費の現状と展望~超過貯蓄はどこに向かうか」、みずほ総合研究所『みずほインサイト』、2021年3月24日
髙橋悠輔・玉生揚一郎(2022)「わが国における家計のインフレ実感と消費者物価上昇率」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズNo.22-J-2、2022年3月
南陸斗(2022)「低所得世帯への打撃が大きい物価上昇~教育費減少で教育格差拡大の懸念~」、みずほリサーチ&テクノロジーズ『Mizuho RT Express』、2022年1月24日


  • 1 本年4月に17%引き上げられた小麦の政府受渡価格については次回改定の10月に一段と引上げられる可能性が高い。
  • 2 嶋中(2021)が指摘しているように、大半は預貯金として滞留しており株式や投資信託などの割合は小さいことから、米国ほどの資産効果は期待できない。
  • 3 政府による観光支援策についても、都道府県独自の「県民割」の広域ブロック化に続き、早ければ6月末にもGoToトラベル事業の再開が見込まれる。
  • 4 酒井・南(2022b)は、2022年に予想される食料・エネルギー価格の上昇に伴う支出増について、政府による燃料油価格の激変緩和措置を考慮しない場合、低所得世帯(年収300万円未満)は5.8万円程度の支出増となり、年収に対する負担率(食料・エネルギーの負担額/年間収入)の増分は+2.5%Ptと、消費税率3%引き上げに相当する負担増が発生すると試算している。